ライン川のほとりから
ドイツと日本をつなぐ 3 年間
第1回 ドイツ生活のはじまり
2021年春、コロナ禍の中、私たち家族はドイツ西部のデュッセルドルフへ移住し、三年間を過ごすことになりました。
店は閉まり、人通りもほとんどない・・・。そんな静まり返った街に降り立ったとき、不安と共に「ここから新しい生活が始
まる」という期待も感じていました。
私がドイツへ来たのは、日本人学校の教員として文部科学省から派遣されたためです。海外には、日本人や日本に
ルーツを持つ子どもたちが、日本と同じ教育を受けられる日本人学校があります。私は、派遣教員として、ドイツで暮ら
す子どもたちに日本の教育を届ける役割を担うことになりました。海外で暮らしながらも日本の教育を受けたいという
家庭のニーズは高く、日本人学校はその大切な役割を果たしています。以前から、日本人学校で働くことは、私の夢の
一つであり、この機会は私にとっても家族にとっても人生を広げる大きな挑戦でした。
海外勤務は、一人の決断だけでは実現できません。三人の息子たちと夫の理解と協力があってこそ実現したもの
でした。実は、日本人学校への派遣では、派遣先を選ぶことはできません。しかし、私は以前から、下野市とドイツの姉
妹都市交流に関わる機会があり、細く長くそのつながりを大切にしてきました。そこで、姉妹都市派遣制度に挑戦し、
ご縁をいただいてドイツへ渡ることになったのです。
ところが、私たちを待っていたのは、想像していた海外生活とは少し違う日々でした。街はコロナ禍の影響により、ロッ
クダウンの最中で、学校にも通えず、買い物にも厳しい制限がありました。こうして、私たち家族のドイツ生活は、誰も経
験したことのない特別な状況で幕を開けたのです。
菊地 朋子
2026.07